その長さは必然なのか 第二十一話「坐」その 4 完結編を NOTE 公開


    ものがたり屋の松谷高明です。
    第二十一話「坐」のその 4 完結編をNOTE で公開しました。
    やっと、という表現が正しいのかどうか。ともかく第二十一話「坐」は完結しました。
    それはともかく気になるのが、そのボリュームです。原稿用紙で 84 枚の作品になってしまいました。この長さになるのであれば、もっと書きこんで 100 枚程度の中編として仕上げるべきといってもいいかもしれません。でも、それだけのボリュームが必要な内容なのかと問われると素直に頷けないぼくがいることもまた事実です。

    これは前作の第二十話「環」のときも気になっていたんですが、どうしてボリュームが増えてしまうか。というのもそもそも「ものがたり屋 参」シリーズのコンセプトとはちょっと方向性を逸ににしてしまっているからです。
    タイトルからインスパイアされた物語をさながらスケッチをするようにさらりとまとめる。それがこのシリーズのコンセプトのはずだったんです。なのに、なぜかすこしずつですが物語が長くかってしまう。

    いやただ書くだけなら原稿用紙何枚だろうと書いていくことはできます。でも、その物語自身がもつ適切な長さというものがあるはずなんです。それを見極めた上で物語を紡いで書く。しかも絞りに絞ったシーンをきっちりとしかも大胆にコンパクトにまとめて書く。それがなぜかだらだらとはいわないんですが、あれこれシーンの前提を書いたり、あるいは背景を書きこんだり、心情だったりといったものまでも書き加えていく。だから長くなっているんですよね。

    もしかするとこのシリーズ自体を見直す必要があるのかもしれませんね。

    ということで「坐」その 4 完結編です。できたらもうちょっと書きこみたいところではあったんですが、しかし自分で決めたスケジュール内でともかく精一杯仕上げました。ぜひ、ご一読ください。

    うっかり閉め忘れた襖の影、街灯の届かないひっそりとした暗がり、朽ちかけている家の裏庭、築地塀に空いた穴の奥。
    このところすっかり様子が変わって仕舞った富岡。そのことをこの実は麻美に零していたのだった。それなら結人に頼むのが一番という麻美の提案に、この実たちは富岡をそれとなく結人に会わせた。さらに一計を案じたこの実たちは富岡を綱神社へと連れていくのだった。そしてそこで富岡は……。
    ぜひ、お楽しみに。

    せっかくだから、読んだら「スキ」をしてくれると嬉しいです。
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    無料での公開なので、ぜひ協力お願いします。

「ものがたり屋 参 坐」その 4
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