高校のころはいろいろ騒いだりして 昔のぼくはきっちりと左向きでした


    いま自民党総裁選挙が話題になっているが、これが終われば衆議院は解散となり、総選挙がおこなわれることになる。
    この歳なのでもう数え切れないほど投票してきたんだが、これだけははっきりといっておくが、ぼくは過去に自民党、あるいは自民党の候補に投票したことはなかった。
    まぁ、ぼくが受けてきた教育のせいでもあるだろうし、世間の風潮ももちろん影響しているだろう。ついでにぼくが天の邪鬼だということも関係しているかもしれない。

    基本的には新しいことは正しくて、古いものは打破すべきだという考えがどこかにあって、いまのぼくがあるといってもいい。だから変革こそ正しいということになる。そのくせ伝統的なものについては、また別の感覚があるんだけどね。

    だからなのか野党に投票することがほとんどだった。あえていってしまうが政権交代のときにぼくは民主党に票を入れている。いや〜、申し訳ない。いまは大いに反省している。
    あれこれ左を向いた情報にどっぷりと浸かり、歪んだものの見方をしていたんだね。いまだからそれがよく解る。

    そもそも高校のころはかなり酷かった。友だちはその手の筋からオルグされたりして、そんな影響もあったのかもしれない。いまだからいえるが、高校のときぼくはかなり目立った存在だった。演劇部で舞台に立っていたし、バンドを組んでステージに出たりもしていた。井上陽水がまだヒットを放つ前だけど、同じステージに立ったこともある。
    ぼくが入った高校はちょっとめずらしいことに新聞部がなかった。そんなこともあって新聞部を作ろうと友だちといろいろ活動もしていた。だから目立っていただけではなくて、風紀担当の教師からは眼をつけられていた。

    で、これが決定的になったのが二年の春先のことだけど、組織的に生徒総会を乗っ取ったからだろう。それまでは体育館に集まって、生徒会がてきとうに話をして終わっていた生徒総会だった。でもこれじゃなんの意味もないだろうと友だちと画策をしたのだ。
    体育館のマイクの位置を確認しておき、質問のシナリオを考えて、あちこちのマイクから順番に生徒会に質問していった。まぁ、異例のできごとだったに違いない。質問の内容なんてたいしたことではなかった。生徒会に質問をすることが大切なポイントだ。それまではシャンシャン総会があたり前だったので生徒会の委員たちもそんな展開は予想していなかったようだ。受け答えがあやふやになり、途中で教師が間に入ったりして、やがて体育館内は騒然としはじめた。

    まぁ、ある程度、こっちは予想はしていたんだけど、まったく関係ないやつがいきなり「先こう帰れ」なんてマイクで囃したてたりして、もう大混乱。いや〜狙い通りの展開になったわけであった。
    あたり前だけど率先して質問をしたのはぼくとその友だちで、しっかり風紀担当の教師からマークされることになってしまったのでありました。だいたい授業を受けたこともない教師に廊下でいきなり名前呼ばれたりしてね。まぁ、そういうことだ。

    でも、こんな高校生活を送ったおかげで大学時代には、こういう活動とはいっさい関わることはなかった。いまからは想像もできないだろうが、ぼくが大学のころはまだ学生運動が盛んで、しかもぼくが通っていた大学には銀ヘルという有名な組織があった。だいたい通学路に私服警官が立っていて監視するなんてこともあったからなぁ。ね、考えられないでしょ。
    ぼくが四年の冬に騒ぎが起こって大学はロックアウトされてしまったんだよね。そんな時代だったんだ。でも、ぼくは無関係でいられた。

    でもやっぱり骨の髄まで左を向いていたことは確かだ。
    それでいまはどうかというと、ぼくは自民党総裁選挙で高市氏を推している。変われば変わるものだね。
    じゃ、野党にたいしてはどう考えているのか。
    ちょっと長くなっちゃったので、それはまた別の機会ということにしよう。

One Reply to “高校のころはいろいろ騒いだりして 昔のぼくはきっちりと左向きでした”

  1. […]     せっかくだから昨日の続きをちょっと書いていこう。     ぼくは基本的にかなり左を向いていたことは昨日書いた。きちんとした理由をというとかなり難 […]

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