それは「物語」になっているのか ? 第十六話「蜉」その 3 を NOTE 公開


    ものがたり屋の松谷高明です。
    第十六話のその 3 完結編をNOTE で公開しました。
    これは前にも書きましたが、「物語」ってなんなのかということを、いま考えています。
    ストーリーはただのストーリーで、だからエピソードを積み重ねていけばそれで「物語」になるのかということに疑問を抱いています。いや、違うな。それだけでは「物語」ではないと思っているといった方が正しいかな。
    ストーリーの展開は大切なのかもしれないけど、しかしそこになにか背骨のようなものがなければ、決して「物語」にはなり得ないんですよね。だからシーンのスケッチだけでも「物語」になり得ることもあるわけです。それじゃ、その背骨とはいったいなんなのか ?
    まぁ、それが解ればこんなに苦労することはないんですよね。
    それがはっきりいって、まだ理解できていないわけです、いまのぼくには。そんなに簡単に解るものではないのかもしれないし、もしかしたらぼくはそれが解らないただのお馬鹿なのか。

    ともかくいまのぼくにできることは、せっせと書くことだけなんですよね。ぼくなりにこれが「物語」だと思える作品を書いていくしかないわけです。
    ということで藻掻いているその結果はどうなのか、「蜉」の完結編でぜひ確認してみてください。いつものように、NOTE で公開しています。できたら感想を聞かせてもらえると嬉しいんですけどね。ぜひ、よろしくお願いしますね。

    うっかり閉め忘れた襖の影、街灯の届かないひっそりとした暗がり、朽ちかけている家の裏庭、築地塀に空いた穴の奥。
    気づかなかった身のまわりにある、隙間のような闇に、もしかしたらなにかが潜んでいるかもしれない……。

    この実と川沿いを歩いていた麻美は、また子どもが行方不明になった話を聞いた。そのあと、麻美は結人に気になっていたおばあさんのことを話した。その翌日、朝早く眼が醒めた麻美は結人に連絡して、朝靄が立ちこめる川沿いを歩くのだった。そして、そこでそのおばあさんと、また会うことになった。そして……。
    ぜひ、お楽しみに。

    せっかくだから、読んだら「スキ」をしてくれると嬉しいです。
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    無料での公開なので、ぜひ協力お願いします。

「ものがたり屋 参 蜉」その 3
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