リベラルってなんなのか そもそもその政治的な意味を考えてみる


    年末年始にざわついたことがいろいろあった。それはアメリカ大統領選挙のこともあるし、それとは直接関係ないけど、いわゆる言論界といわれる世界でのこともある。
    とある人物がいわゆる保守といわれている人を次から次へと名誉毀損で訴えているのだ。その詳細をきちんと知っているわけではないけれど、その内容については、それぞれの方が発信しているので、なんとなく理解しているつもりではある。
    なんと二万円の印紙代で訴えることができるらしい。

    言論に対しては言論で対抗すればいい、というのが訴えられた方たちの基本的な姿勢だ。ぼくもそう思う。裁判の期間はその言論がある程度制限されてしまうので、これは一種の言論封殺という見方もできちゃうしね。
    ということもあって、さて日本ではリベラル vs 保守みたいな見方をしているし、ぼくもそう思っていたので、その「リベラル」ってなんなのかちょっと考えてみたい。

    そもそも「リベラル」という考え方はヨーロッパの 30 年戦争以降に生まれたんだそうだ。互いの価値観には寛容になり、自らの価値観については国家から干渉されないというものなんだそうだ。ふむ。
    ただこれがさらに二派に別れたんだそうだ。「積極的自由」と「消極的自由」だ。「消極的自由」が権力からの自由を志向するのに対して、「積極的自由」は国家や権力が積極的に関わることで真の自由に到達することを目指すらしい。これって究極までいくとなんとマルクス革命になっちゃうんだよねぇ。なるほど、そうか。

    さて、いまの政治的なポジションで「リベラル」というと左翼というイメージが強い。ま、積極的自由を希求していけばやがては共産主義にいきつくということもあるのかな。
    アメリカだと民主党がこのリベラルで、共和党が保守といわれている。民主党は福祉を重視した大きな政府を目指し、共和党は個人の自由を重視したちいさな政府を目指している。なんとなく共和党はタカ派的なイメージがあるけど、基本的にはそういう考え方じゃないんだね。ま、そもそもアメリカが戦争をしているときの政府ってだいたいが民主党なんだよねぇ。

    では日本ではどうなるのかというと、イメージ的には野党がリベラルで自民党が保守ということになる。
    でも現状を分析すると、そういう構図ではないらしい。というのも最近ではリベラル保守なんていい方もあって、じつは安倍政権はこのリベラル保守だなんてこともいわれているんだよね。
    じゃ、どういう構図なのかというとリベラルの反対軸は権威主義なんだそうだ。個人の自由に対してたとえば日本人はこうあるべきだという既存の価値観に基づいて判断するということかな。
    これとは別の軸としてリスクの社会化に対してリスクの個人化という考え方をいれて分析すると、日本の政党の位置が解りやすいんだそうだ。なるほどねぇ。そういえば菅総理の「自助、共助、公助」に野党がというか立憲がメインだったかな、噛みついたのも理解できるよね。
    社会的な福祉、セーフティネットが一番だろうというのが立憲の人たちのベースなんだね。

    なんとなくだけど、これで政治的な「リベラル」ってどんなことなのかがぼんやりと見えてきたそうな気がする。
    じゃ、ぼくはどうなのかというと、やはり「自助、共助、公助」だろうとは思うんだ。まずは自分の力でなんとか生き抜く。いや、こんなぼくがそんなことをいうのは、滅茶おこがましいんだけどね。

    アメリカでもこれは顕著だ。ただ、ひとつ事実を。トランプ政権はアメリカの失業率を劇的に改善した。これはなかなか知らない人が多いと思うけど、福祉の手を差し伸べるというと聞こえはいいけど、人の尊厳をあまり考えないやり方ではなく、いろいろな人に仕事を与えるようにトランプは政策を実行したおかげなんだよね。

    そういえば日本でも安倍政権では失業率が低減した。それだけではなく就業人口をかなりの増加させた。
    この意味ってなんなのかということを、考え直す必要はあるかもしれないな。

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