ぼくなりに歴史をきちんと捉え直すのもいいかな


    前から考えていたことなんだけど、ぼくの歴史に対する考えをつらつらまとてみるのはどうだろう。というのも、ぼくの野望として織田信長を書いてみたいということがあって、そろそろ準備をはじめてはいかがかと思いはじめているからだ。
    いや、ぼくは専門家じゃないけど、それなりにいろいろと勉強してきたことは確かだ。それにぼくの歴史観がきちんとしていないと、信長を書きはじめても、どうしてもいままでにぼくに植え付けられてきた既存の人物像をただなぞるだけになってしまう恐れがあるからだ。

    ほら、いままでに読んできた小説や見てきたドラマでなんとなく織田信長像ってあるでしょ。それってね、きっと多くの人が抱いている信長像とさほど変わらないものでしかないような気がするんだよね。
    だからそんな信長を書いて、ぼく自身が納得できるのかというと、やはり否と答えざるを得ないわけだ。

    ということでできたらあの時代、つまりは戦国時代ということになるんだけど、それはどういう時代だったのかということをぼく自身の視点できちんとまとめる必要があるよなということでもある。
    なんか大仰ないい方になってるかもしれないけど、信長という人物をぼくの頭の中で描き出したときに、背景となる時代をしっかりと創っておかないと信長がその世界の中で動いてくれないということだ。ふむ。

    学校で学んできた歴史って、基本的には政治的な動きを年代順に並べたもので、しかもその解説が通り一遍でしかなくて、きちんとその時代を把握できないだろうという思いが、このところとても強い。いろいろな本を読んでみて、しかも最新の研究から諸説がひっくり返されたりといったことがじつは多く起こっていることを知ったということもある。
    それに歴史っていろいろな視点から見ないと明確に捉えられないということもある。ただの政治的なイベントを並べても、その時代を知ることはできない。

    視点という話でいえば、なにが書けているかというとやはり経済の動きだ。それから宗教という視点だ。これって日本ではまったく無視されているよね。
    たとえばいまの世界を宗教という色鉛筆で書き分けるとどうなるか。ちょっとおもしろい地図になる。
    まずは塗るのがローマ・キリスト教の地域だ。もちろん西欧とアメリカが塗られることになる。つぎに塗るのはギリシア正教の地域だ。じつはヨーロッパって全域がローマ・キリスト教じゃないんだよね。主にヨーロッパの東側になるんだけど、ロシアももちろんこの色で塗られることになる。
    それからイスラム教の地域だ。中東だけじゃない。アフリカにもあるし、アジアにもある。インドネシアなんてシスラムの世界だ。そしてヒンズー教の地域。まぁ、インドだね。そしてアジアに点々とみられるのが仏教の地域。
    さて、これで終わりかというと違う。特異な地域がある。それが儒教の地域だ。

    あれ ? じゃ日本はどこってことになると、これが特別なんだよね。日本はなんと唯一といっていいかな神道の国になる。もしかすると神道という表現は正しくないかもしれないけど、日本独自の宗教観があって、みんな自覚はしていないけど、なんとなくそれを信じている。
    日本教っていい方をしてもいいかもしれない。
    だって信じてないといいながら、みんな正月には神社にお参りにいくでしょ。これってなんなの、ってことだよ。それって日本人全員が同じような宗教観、いやその言葉に抵抗があるなら、ある共通の価値観を抱いているということだよね。

    ということで、ちょっとこれからぽちぽちと書いてみようかなぁと思っている。
    なんだか長くなっちゃったので、続きはまた次回。

    そうそう手元に世界史の本なんかがあったら、各国の変遷をまとめた表を見てほしい。
    日本だけ唯一、はじめからいままでひとつの国として存続している。これって希有なことなんだよね。

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