本当は誤解だらけの戦国合戦史 信長・秀吉・家康は凡将だった 読書メモ

    今年の 11 冊目。海上 知明 著「本当は誤解だらけの戦国合戦史 信長・秀吉・家康は凡将だった」読了。

    ここ何年か歴史についての本を読むようになったんだが、いままでいかに間違った歴史を学ばされていたのかを思い知らされて愕然とする。学校での授業もそうだったけど、いわゆる歴史物の小説やらドラマにいかに出鱈目なイメージを植えつけられてきたのか、最近ようやく解ってきた気がする。
    それは最新の情報で判明したこともあるし、いろいろな角度からアプローチしている本などがあるからということもいえる。
    前にも書いたけど、歴史って古いものを学ぶ学問だけど、日々進歩しているのだ。おもしろいよねぇ。

    ということでこの本なんだが、いわゆる戦国時代の戦い方を戦略と戦術という面から考えると信長・秀吉・家康はどう評価できるのかというアプローチをしている。
    海上知明氏はマキャヴェリズムをはじめとして海外さまざまな戦略などを勉強している人なので、たとえば信長については本家のニッコロ・マキャヴェッリの「君主論」を、知らないはずなのに実行していると評価していておもしろい。

    海上知明氏によると日本の武将の評価がなかなか興味深いものがある。まずは第一の武将は上杉謙信で海上氏は軍神と評価している。続いて武田信玄だ。こっちは孫子をそのまま実行した武将として評価している。このふたりが激突したわけだから川中島合戦は大いに評価に値する合戦だということになる。これについてはほかに著作がある。それはそれで読んでみたいんだけどね。

    たとえば信長については桶狭間や長篠についてその戦略はどうだったのかと分析しているが、おもしろいのがぼくが常識だと思っていた考えを真っ向から否定しているところだ。
    そのまず第一が兵農分離だ、そして鉄砲の活用だ。
    これはとくに信玄との違いで説明しているけどじつは兵農分離ということで専門的な武士を集めた軍隊の方よりも、じつは農兵の方が強いんだそうだ。その土地と密接に結びついている兵農は死に物狂いで闘うが、いわゆる傭兵は命をかける前に逃げてしまう。だから信玄軍団や謙信軍団は強かったが、信長軍はそういう意味ではそこまで強くなかったんだそうだ。
    ただ信長はそれをきちんと認識していて、数で押しつぶす戦いをしている。その代表的な戦いが上洛戦なんだけどね。
    農兵は農閑期しか闘えないなんてもっともらしくいわれてきたけど、信玄が軍として組織したのは農民ではあっても農家の次男、三男といった直接農作業をしなくてもいい人たちで軍を組織している。事実、川中島の戦いでは十五ヶ月間、謙信と信玄は対峙している。農閑期もくそもない。

    いや、兵農分離こそ戦国時代を制する鍵のひとつだと思っていたけど、間違ってました。これは国際的に見ても正しいようだ。あのヨーロッパを席巻したナポレオン軍の兵士たちはフランスの農兵だった。相手はいわゆる中世の騎士軍団だ。この中核はだから傭兵だね。スイスなんて傭兵で食べていた国だったからね。

    さて長篠の戦いだがいわゆる信長軍の三段打ちが武田騎馬軍団を打ち破ったという話になっているけど、事実はそうではないらしい。そもそも火縄銃の性能からいって突撃してくる騎馬軍団を防ぐことは非現実的なんだそうだ。
    じつは信長は戦場に塹壕やら堀やら、ともかく敵の前進を防ぐための準備をして守っていたところへ、騎馬軍団が突進してきたということらしい。

    斯様に歴史の「いわゆる」という話は誤謬がまことに多いということだ。
    ということで戦国時代を代表する三人、信長・秀吉・家康の実力はどうだったのかを知るには最適の一冊といえるだろう。マジでおもしろかった。
    さてと、つぎはなにを読みましょうかね。じつはいろいろと考えがあってこの本を読んだんだよね。だからつぎも信長の本になるのかな。
    しかし、これだけはいっておくけど、やっぱりぼくは家康は嫌いだ。


コメントを残す