そろそろ白旗の用意を – バンジーの総決算


 永遠の腹ぺこで終わりそうな夕焼けフォトグラファー / 物書き / デジタルコンテンツデザイナーの竹井義彦である。
 いまの楽しみは一日のメインの食事ではなく、むしろ朝晩のサラダのような気がする。
 食事の量を減らすと味覚が鋭敏になっていくんだそうだ。鋭敏になったと感じることはまだないけれど、それでもすこしずつ変化は感じている。

 まず水の味だろうか。直接口にする水は二種類だ。ヨークマートで濾過した水をもらってくるのが休日の日課になっているんだが、この水とペットボトルの水だ。「南アルプスの天然水」を買っている。なにかと飲み比べたわけではなく、ただ買いやすいからという理由でこれにしている。
 違う種類の水を口にするとその違いが以前に比べてよく判るようになっている気がする。微かな水の甘みを感じることもときにはある。

 サラダの方はもっと違いを感じている。生野菜の味だからだろうか。キャベツの甘さやレタスの瑞々しさが判るようになってきた。ドレッシングをかけているけれどそれでもキャベツの甘さがしっかりと舌に残るようになった。
 日が経つにつれてこれはもっともっと敏感になっていくんだとしたら、それはとても楽しみではある。

 けれど状況はそんなに楽観的ではない。
 どう考えても来週半ばできっと断食生活に突入しそうだ。うむ〜。
 もう少しいけるかと思ったんだが、まぁ、そんなに世の中は甘くはないといったところだろうか。

 どこからもヘルプの声もかからないし、奇跡が起こるとも考えられないので、きっとこのまま断食という状況に至らざるを得ないんだろう。
 ただ不思議なもので、その結果が当然「死」を意味していることは解るんだが、しかし従容と受け入れる気持ちになっている。
 こういってはなんだがジェットコースター人生を生きてきて、もちろん自死を考えたこともあったけど、本当の意味で生まれて初めて自分の「死」と向き合っているような気がしている。なんだかとても変な感じだ。

 いまなにを感じているのかというと、もちろん不安はあるけれど、それよりもなによりも自分に対しての感謝が一番大きい。
 こんな心境になったのはもちろん生まれて初めてだ。
 今朝、いままでこのぼくの命を支えてきてくれたこの身体に対して、ふいにありがとうといいたくなって声をかけた。
 ぼく自身、きっとそれはぼくの「こころ」ということになるんだろう、それに対しても大いなる感謝の意を抱いた。
 この人生を、まさしくジェットコースターのような人生を用意してくれた大いなる存在に対しても感謝しかない。

 実際にカウントダウンがはじまったらまた変わるのかもしれない。いまはこの瞬間に感謝しつつ、この瞬間をただ楽しみたいと思う。
 今日を素晴らしい一日にしたい。
 そうやってともかく生きていられるだけ生きていこう。

 いや、まぁ、前にも書いたけど、本当にぼくって生きるのが下手だよね。
 人望がないのも、まぁ、これはこれでぼくらしいんだろうな。
 そのときが来たらまた blog で報告するよ。

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