正体見たり枯れ尾花じゃないけど、化けの皮は剥がれるよね


    じつはこう見えても素直な質なので、そのまま真に受けてしまう。
    いや、なんてことはないんだが、知らないことを教えられれば、ああそうなんだと疑うことをせずに受け取ってしまうところがある。それはちょっとどうかとは思うんだが、こればかりは子どもの頃からなので致し方ないかとは思う。
    世知辛い世の中ではあるが、やはりそれなりに素直にそのまま信じてしまう。

    そりゃね、いろいろな人がいることは知っているし、裏を返せばみたいな見方するのもあるんだとは思う。思うけれど、それでもまず真に受けてしまう。
    でも、やはり真に受けてはみたものの首を捻ってしまうということは、よくある話で、ちょっと待てよとあとになって気がつくことになる。それじゃ遅いのかもしれないけど、でも余程の達人でなければひと目で見抜くなんてことはできないだろうから、ぼくはこれでいいかとは思っている。

    なにがいいたいかというと、この武漢ウイルスの自粛モードというか、今年の春先から YouTube コンテンツが生活にに入り込んできて、いろいろな人のコンテンツを観るようになって、なるほどそういう人であったかということが、ようやくぼんやりと解るようになってきたということだ。

    ともかく真に受けて、なるほどふむふむという感じで話を聞いているうちに、おいおいという人がずいぶんいることが解ってきた。
    いまさらで申し訳ない。
    やはりコンテンツをいろいろと観ていくうちに、ぼくもすこしは知識を得ることができるようになってきて、それは違うだろうという突っ込みを入れられるようになったということだ。

    おもしろいもので、それでもやはり名の通った人のコンテンツだと、それを後追いする形でそのまま受け売りする人がいて、これは失笑してまうことになる。
    いや、だからぼくも危うくそのひとりになりそうなギリギリのところにいるんだなと思って、それを見かけるたびに考えてしまうわけだ。

    なるほど、この世の中というのは、もしかしたら正しいとか間違っているということで切り分けるのではなく、自分はどう想うのかという視点で見ていくしかないのかな、ということだね。

    なんだかちょっと回りくどいいい方で申し訳ない。
    でもね、この情報はお金で買ったので間違ってましたと信念もなにもあったものじゃない自称ジャーナリストがそれなりに持て囃されていたり、お金の専門家を自任している人が、なぜか包括的な経済理論を理解していないことがバレバレだったり、世の中はいろいろで、真に受けるのはどうかとこのところ考えてしまうわけである。

    だって、このところ北の将軍様の写真を見かけることがあるんだが、あれどう見ても別人にしか見えないんだが、あなたどう思います ?
    そういうことだ。

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