遠い山なみの光



 今年の 4 冊目。カズオ・イシグロ 著、小野寺 健 訳「遠い山なみの光」読了。

 ノーベル文学賞受賞作家カズオ・イシグロの長編デビュー作だ。彼の著作はこれで二冊目。彼の本を読もうと決めたときに、まず最新作を読んでそれからデビュー作から順に読んでいくことにした。
 最新作が現在の彼の位置だとするとそのスタート地点からここまでの変遷を辿りたかったからだ。前にも書いたけれど個人的に今年は文学と向き合おうと思っているからだ。ぼくなりの向き合い方ということになるんだろう。
 彼はこの処女長編作で王立文学協会賞を受賞している。

 イギリスに渡った主人公が結婚当初に住んだ長崎でのできごとを振り返る話になっている。終戦当時の長崎が舞台になっていて、彼は好んでこういう混乱期の場所を選んで書いているようだ。それはまた次作以降でも語る機会はあるだろう。
 イギリスでの生活を垣間見せながら、そのときとぎで長崎時代を振り返る。
 細かい雨が降り続くイギリスの薄暗さが物語全体を覆っている。どこまでもいっても青空が見えない、決して重くはないんだが永遠とも思えるほど続く霞の中を歩くような物語だ。
 長崎のエピソードになってもその印象は決して変わらない。夜の帳が降りる頃のシーンが多いからかもしれないが、きらびやかな場所を描いていても不思議とその世界観は揺るがない。静謐そのものだ。
 解説で池澤夏樹氏も指摘しているが、その色合いは小津安二郎を彷彿とさせる。
 家族の会話などまさに昭和のモノクロの映画で語られているかのようだ。

 詳しく書いてしまうとネタバレになってしまうが、この小説はイギリスと長崎のエピソードをその場に応じて語ってはいるが、しかし、すべては主人公の「悦子」の人生について描いているのだ。
 長崎時代の話は友人の「佐知子」との対話がメインになっているんだが、彼女の人生が「悦子」のその後の人生を暗示しているのだ。そのふたつを重ね合わせると「悦子」の人生が、そしてそのベースとなっている佐知子の人生をも語っている。
 読了した瞬間にはまったく解らなかったが、読み終えてしばらく電車に揺られながら車窓を流れていく夜の街並みを見ていてそのことに気づかされた。
 なんと文学の深いことか。そこまできちんと計算して章立てされていたことにあとで気づかされた。
 次作が楽しみだ。

One Reply to “遠い山なみの光”

  1. […]  最新作の「忘れられた巨人」は別として、長編デビュー作「遠い山なみの光」同様この作品も一人称で語られている。 […]

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