あえていっちゃうと経済音痴でした というか無知でしたといった方がいいかな


    いろいろとお恥ずかしい話を書いているんだが、もうひとつ告白することがある。
    それはこの歳になるまで「経済」というものがどれだけ大切なものなのかということを理解していなかったことだ。いや、まぁ、お恥ずかしい。
    自分の財布はもとより、家庭の財布、たとえばぼくの仕事の財布や住んでいる地域の財布、さらには国家の財布。いろいろなスケールでの経済というものを、まったく考えたことがなかったのだ。大学にある経済学部って、なにしてるの ? などという大変失礼なレベルでいままで生きてきてしまったのである。ノーベル賞だってあるのにねぇ。

    それが今回の武漢ウイルス騒動でやっと理解できた。といっても、経済ということをきちんと考えることがとても大切なんだということが解っただけで、経済というものをまるっと理解できたわけではない。
    それでも今回の日本の経済対策、まぁ、ぶっちゃけていうといろいろな給付金というものが、どういう意味を持つのかということは朧気ながら解ったような気がしている。と同時に、日本という国のポジション、世界の中でどういう位置にいるのかということも含めてだけど、円の持つ力自体も解ったような気がする。
    円がハードカレンシーとして扱われてることがどれだけ日本経済を支えているかということもだ。これは先人たちの努力によるものでもあるんだよねぇ。

    いままで、さまざまなものを見るときに、この経済という視点がぼくからすっぽりと抜け落ちていたんだけど、これからはこの視点を忘れずに、世の中を見ていきたいと思う。
    まぁ、国の力ってのはその国の経済と直結しているからね。
    ということはスケールダウンして考えてみると、個人レベルでも、この経済を抜きに考えちゃいけないんだよな。

    いわゆるアフターコロナってどんな時代になるんだろうってことも、この経済という側面で考えなきゃだよね。

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