明治時代 それはエネルギーを孕んだ熱い時代だったのかもしれない

    もともと歴史が好きになったのはいつの頃だろうか。
    高校のとき世界史は得意科目のひとつだった。というか、この頃はほとんど勉強してなかったので得意科目なんてほかにはなかったけどね。ただ日本史は嫌いだった。全体の流れではなく、細かな資料の片隅の知識を問う授業だったからだ。まぁ、教師もちょっとおかしかったけどね。授業の最中に戦争の話に及ぶと自虐ネタだったからなぁ。あれは日教組の典型だったのかもしれない。

    でも世界史は好きだったから、歴史好きの素養はもともとあったのかもしれない。
    これが日本史への興味ががぜん盛り上がったのはやはり井沢元彦氏の「逆説の日本史」シリーズを読みはじめたからだろう。それまでの通り一遍の見方とはまったく逆の視点を教えてくれた。
    歴史というのは過去のことであるんだが、それをどう評価するのかは、どういう視点で見るのかですべてが変わるということを、この著作では教えてくれた。過去に起こったことをどう評価するのかというのは、じつはとても難しいものなのだ。正しい、間違っているといった単純な図式で判断できるものではない。そういう視点を獲得するという意味でも歴史を学ぶということには意味があるんだろう。

    これを教えてくれたのが本郷和人氏の著作の数々だ。この人の著作のおもしろいところは、歴史を知って、その意味を考えるという点だ。東大の史料編纂所で主に鎌倉時代のほんの数年を専門にしている人が、日本の歴史全体を見渡して、その時代その時代のできごとの意味を考えているのだ。知識として得るのではなく、知識を元に考えるところがぼく的には画期的ではある。そう歴史は知識の学問ではなく、やはり考える学問なのだ。
    そういう意味では視点がとても重要な要素になる。

    その彼が武士の時代のことを考えながら、明治時代のダイナミズムに言及することがある。
    そう、明治時代。江戸幕府が終焉を迎え、長く続いた武士の統治が終わったあとの時代だ。近代国家としての日本がはじまった時代でもある。

    でね、学校で歴史を学んでも明治とか大正とか昭和って、なんとなくきちんと教わってない気がしない ?
    どうしても授業が間に合わなくて、このあたりから端折っていろいろとすっ飛ばされたような気がしているのだ。

    というのも、いま YouTube で竹田学校の歴史の授業のコンテンツを観ているんだが、これがねぇ、ぼくが教えられた明治時代とは違って、近代国家としてきちんと歩んでいっていることを教えてくれるのだ。
    それまで鎖国していて世界とは無縁だった日本が、ほんの僅かな年数で世界の列強と並び立つまでに至ったのだ。もの凄いエネルギーを孕んだ時代だったんじゃないんだろうか。本郷和人氏もそこに注目しているし、いまぼくもそのエネルギーの源泉を知りたいと思うようになっている。
    いまの日本の基礎がこの時代に築かれたといってもいいかもしれない。

    ということでちょっと明治時代というやつを真面目に勉強してみようかなという気になっているのだ。
    なにかいいテキストがあればいいんだけどね。
    あっそうか、まずは「坂の上の雲」あたりから読み直してみるかな。

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