Stay Home 自粛って、ただ家にいるということじゃないよね


    今回のような自粛要請というのは、あたりまえの話だがぼくの人生でははじめてのことだ。
    武漢ウイルスが世界中を騒がせはじめてから不要不急の外出を控えるようにいわれても、ぼく自身の生活はそれまでとさほど変わらなかった。癌に罹患しているということもあるし、一月末に入院してから体調を崩していたこともあって、好んで外出できるように状態ではなかったからだ。
    午前中はだいたい Mac に向かって書きものをしていて、午後、出かける用意をして買い物のついでに海へと足を延ばす。それがじつは不要不急の外出を控えるように求められる前からの生活パターンだった。だから自粛要請をされても生活はほとんど変わっていない。

    だから Stay Home をきちんと守っている人は大変だなぁなどと、まるでほかの国の話のような暢気な気分でいた。それでもなんとなく海にいってもこころの底からリラックスすることはなかったようだ。まぁ、肝っ玉がちいさいというかなんというか。

    ところがね、昨日のことなんだけど、出かける用意をして家を出ようとしたとき、じつは息苦しさを感じていることに気がついたのだ。自粛を要請されようがされまいが、ぼくの生活パターンは変わっていないはずなのに、この息苦しさってなんなのだろう。
    もしかするとそれは街の景色の変化がじわじわとぼくのこころを萎縮させていたのかもしれない。

    人通りが減り、賑わいのなくなった商店街。シャッターを閉じた店も増え、通常の営業ではなくテイクアウトしかやっていない飲食店といった景色がぼくのこころをすこしずつ浸食していたのかもしれない。
    だとしたらふだんは外出するのがあたりまえの人たちが抱えるストレスって相当のものじゃないだろうか。大きく生活が変化したわけだし、それも外にいるのがあたりまえだったのが、家に閉じ込められているわけだから閉塞感は重圧にもなるだろう。

    ふだんから家にいるぼくが感じる閉塞感はそういう人たちと比べれば大したものではないかもしれないけど、それでも毎日がくすんでしまっていることは確かだ。
    なんだろう、ただ家にいるだけではこの時期を乗り切れるのではなくて、どういう生活をするのかが鍵になるのかもしれない。ぼくの場合は、どういう時間の過ごし方をするのがベストなのかをきちんと考え直す必要があるんだろう。メリハリのある生活といってしまえば簡単だけど、家にいる・家にいないということではなくて、なにをしてその時間を過ごすのかということが大切なのだ。

    いままでは海を眺めているだけで息抜きができると思っていたんだが、そうではなくてきちんとした生活をすることがポイントだったのだ。
    ということで、ちょっと時間の使い方をどうするのかということを考え直して、毎日を組み立て直そうと思う。

One Reply to “Stay Home 自粛って、ただ家にいるということじゃないよね”

  1. […]     これは前にも書いたことなんだが、自粛生活がはじまったからといって、ぼく自身の生活パターンが大きく変わることはさほどなかった。それなのに、なぜか閉塞感が […]

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