ぼくのこころの裡にあった、凝り固まった結び目 それが解ける日


    ちょっととても個人的な感覚の話をしたい。
    これはいまの日本、あるいは世界という外界の状況とはまったく関係なくて、じつに感覚的な話だということをご理解いただきたい。
    体調がすこしずつ、一歩とはいえずに、せいぜい半歩程度だと思うけど、もしかしたらよくなっているのかなという状況で、じつはふっと気持ちが外を向いていることに気がついたのだ。

    二月の終わりぐらいまでなんだけど、自分の無意識に関心のほとんどが向いていた。どうやったら自分のこころの裡を知ることができるのかということで頭の中がいっぱいになっていたといってもいいだろう。簡単にいえば内側を向いていたということだ。
    それがいまは外を向いているように感じはじめている。
    そこで改めて振り返ってみて、じつはとても長い期間、ぼくは自らの内側しか向いていなかったんじゃないかと気がついたのだ。いつ頃かといえば、たぶん転機は 2000 年頃だと思う。20 世紀最後の年。じつはこの頃にとんでもない事態に巻き込まれてしまったんだが、それがきっかけになっているような気がする。
    ぼくのこころがすこしずつすこしずつ縮こまっていき、それまで外に延ばしていたはずの触手が徐々に集まりだして、やがて固まりはじめて、その結果として意識が内側に向きだしたのかもしれない。

    こういうたとえが判りやすいのかどうか、さながらシノプスが繋がっていき神経索が延びていくように、植物が蔓や茎を伸ばしていくように広がっていた感覚が、内側に向かい、やがてこれが密集してさらに凝り固まった状態になっていたのかもしれない。それもとても長い時間をかけて、ゴルディアスの結び目のように解くことができないほど固く。
    ぼくの実際の人生も坂道を転がりはじめたのがじつはこの頃だったのだ。

    それがいま、また再び外へと広がりはじめているような感覚になっている。
    これがどういうことになるのか、正直いまのぼくには解らない。
    けれどいい兆候だと確信している。
    ぼくの感覚が、外に向かってゆっくりとその触手を延ばして、繋がり、さらに広がっていくように感じているのだ。

    きっとこの長い時間をかけて凝り固まった結び目も解ける日が来そうな気がしている。
    それもあっという間に、しかも予想もしないような方法で。
    ゴルディアスの結び目をアレキサンドロス大王が剣であっさりと断ち切ったように。

One Reply to “ぼくのこころの裡にあった、凝り固まった結び目 それが解ける日”

  1. […]     前にも書いたけれど、このところ意識が外に向いている。     だからなんだろうけど、いまこの世界で起こっていることにとても敏感になっている。世界 […]

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