あしたのジョーとスーパーマリオ 余白の意味って iPhone で撮る写真


    写真を撮るとき余白を意識することを、前に書いたんだが、ぼく自身が実際に余白を意識しはじめたのは逗子に引っ越してきて、海の写真を撮るようになってからだ。
    もともとコピーライターとして広告を作っているとき、紙面のデザインで余白をどう活かすかということを常に意識してきたはずなんだけど、写真の余白を意識するようになってから、まだ十年ほどということになる。なんだか改めてこう書いてみると、それまではほぼ真ん中に対象物を置いて撮っていたんだね。
    デジカメで毎日のように写真を撮るようになったのが 2007 年ぐらいからなんだが、しばらくは構図を意識しないで撮っていたわけだ。
    なぜ、写真の余白を意識するようになったのか、はっきりとその答えは解らないのだが、きっとただっ広い海を漫然と撮ってもなんの絵にもならなかったからだろう。
    いまでも曇った日にただのっぺりとした海を撮るのはとても難しい。ポイントがどこにもないからね。

    写真の構図ってググってもらうと判るんだけど、いろいろな種類があって、中にはちょっとこじつけっぽいのもある気がする。まずはど真ん中に被写体を置いて撮る「日の丸構図」と、この前紹介した「三分割構図」を意識するといいと思う。
    そこで気になるのが三分割はいいけど、右と左の余白に意味はあるんだろうか、ということだ。

    ここでヒントになるのが「あしたのジョー」と「スーパーマリオ」。なんて書いてもすぐには解らないよね。ちょっと説明してみよう。
「あしたのジョー」のラストシーンを知っているだろうか。ホセ・メンドーサとの世界タイトル戦を終えて真っ白に燃え尽きたジョーがリングの上の置かれた椅子に目を瞑ってうっすらと笑っているような表情で座っているところで終わっている。まぁ、これはこれで物議を醸したものだ。
    いろいろな説があったのだが、ぼくが一番納得した解説がある。だれの説だったか失念してしまったのだが、漫画は右上のコマから左下のコマへと時間軸が流れている。だれもがその順で漫画のコマを読んでいる。ジョーは左を向いて椅子に座っていた。目を瞑ってはいるが、左を向いているということは、未来を見つめていることを意味しているというものだ。
    な〜るほど !!
    それを読んだときぼくは膝をぴしゃりと打ち、大いに納得したものだ。漫画紙面では右が過去で、左が未来を意味しているというわけだ。

    ぼくはなんとなく左を向いている人の写真が好きなんだが、どうやらこの理論が頭のどこかにこびりついているからなのかもしれない。しかも左側の余白を大きく取るのが好みだ。
    ではこれが正解かというとちょっと待ってもらいたい。

    これとは違う例が別にある。それが「スーパーマリオ」だ。横スクロールのゲームの代表といってもいいだろう。最初のタイトルを出す前に、宮本さんは多くの人にテストプレイをしてもらったそうだ。そのときの設定では、左右どちらにも進めるようにしてあったらしいが、多くの人が画面の右側に走り出したそうだ。それで「スーパーマリオ」のスクロールの方向が決められたという。
    ということはゲーム画面では右が未来になる。

    あれ ? あしたのジョーと逆じゃん ?
    そうなんだよ、逆なの。
    じゃ、どうすればいい ?

    申し訳ないが、いまのぼくにはどっちが正解かということをお伝えすることはできない。
    ただ個人的な感覚では右から左がどうも自然に感じられるんだよねぇ。舞台でも右が上手、左が下手で、右が上位という感覚があるんだよなぁ。
    まぁ、どういう意味かあるのかはそれぞれの感覚で決めてもらってもいいかな。
    その写真の余白がなにかを語りかけることができれば、それが大切だからね。

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