余白を意識する 三分割構図で撮る iPhone で撮る写真


    前にも書いたけど、武漢ウイルスの騒動で世の中の動きが変わったのか、ぼくの NOTE のページのフォロワーが増えている。一時の勢いが納まったと思ったのだが、日々着々と増えて、とうとう 200 を越えてしまった。いや「しまった」ではなくて、これはいいことか。
    ひとりでも多くの人にぼくが書いた小説を読んでもらいたくて NOTE で公開しているので、これは歓迎すべきことだ。素直に嬉しい。まだぼくのページを覗いたことがない人は、この機会にぜひ覗いてみてほしい。できたら、どの作品でもいいので一読してもらえると、これに勝る喜びはない。ここにリンクしておくので、よろしくね。

    それはともかく、いろいろな人がこのタイミングで NOTE を公開するようになったようで、前にもちょっと書いたけど、ぼくの好きなカメラマン、鹿野貴司氏もページを公開している。
    日記のような形で書いているんだが、その中で「写真って本当に数を撮らないとうまくならない。そして撮らないと下手になる」と書いていた。そうなのだ。ぼくは文章についてまずなによりも「毎日書くことが大切」だとつねに公言しているのだが、写真もまた同じだというのだ。
    これは、いま「ふらっと逗子」のために毎日のように写真を撮っているので、とてもよく解る。

    たとえばある風景を見て写真に撮りたいと思ったとき、どんな絵にしたいのかを頭の中に描いて、それを画角に捉えて写真を撮るんだが、写真を撮り続けていないと、撮りたい写真のイメージを頭の中に描くことができなくなるのだ。
    だからなによりも大切なことは、どんな写真を撮りたいのかをきちんとイメージして、それを日々撮り続けるということになる。なるほど。どんなことも、やはり「継続」することがなによりも大切なことなのかもしれない。

    ぼくが頭にイメージを描くときに意識しているのは構図だ。
    構図と書くとなんだかちょっと七面倒くさい感じがするかもしれないけど、とても簡単だ。
    人って、ただ漠然と写真を撮ると、被写体を真ん中に配置して撮ってしまう。まぁ、それはそれでいいんだが、すこしだけ「余白」を考えるとちょっと凝った感じの写真になる。
    この「余白」を簡単に確認できる構図が「三分割構図」といわれる構図だ。ざっくりといってしまうと画角の縦横それぞれ三分割して、その交点や線上に被写体を配置すればいい。
    iPhone のカメラアプリを使う場合は「グリッド」を表示させて、そのグリッドを利用すればいい。

    この「余白」を意識した画面作りをすると、この「余白」が語りかけてくるようになる。ちょっと勿体ぶっていってしまうと、物語性が生まれてくるのだ。ぼくがとても好きな写真は、この「余白」から音が聞こえてくるような写真なんだけど、それはそれでまた撮るのが難しい。
    いつもそんな写真が撮れるというわけでもない。だから毎日のように海へいき、そこでぼくは写真を撮っているのかもしれない。

    ということで、せっせと写真を撮ることにしよう。

One Reply to “余白を意識する 三分割構図で撮る iPhone で撮る写真”

  1. […]     写真を撮るとき余白を意識することを、前に書いたんだが、ぼく自身が実際に余白を意識しはじめたのは逗子に引っ越してきて、海の写真を撮るようになってからだ。 […]

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