柄にもなく経済についてちょっとまとめてみる


    このところインプットしている情報の質が変わってきていて、そのせいなのか思考があちこちに飛ぶようになっている。
    いままではきっと知りたいこととか、興味のあることとか、そういう視点からインプットしていたんだろうと思う。それはたとえばぼくが Web サイトを通じてニュースを読んだりしていることが大きいのだろう。
    だって AI が勝手にセグメントしてぼくに見せているからだ。

    以前はどうだったのかというと、もうちょっと幅広い分野のいろいろな人の blog を拾い読みしていたように思う。もちろんそれを続けていればよかったんだろうけど、やはりそれはとても時間のかかることで、日がな一日ただ読んでいられるならいいけど、時間的な制約がどうしても出てくると、そういった時間を削らざるを得なくなってしまう。
    まぁ、このあたりはもうちょっといろいろな角度から考察する必要があるんだろう。一見、無駄に思えるような情報がとても有益だったりすることは往々にしてありうるので、その手段をどうするのかということはこれからの課題ということにしよう。

    いまは昨日もちょっと書いたけれど、以前とは違ってかなりプレーンな状態でいろいろなものを見聞きすることができるようになっているはずで、そんないまの状態で、とても大切な経済のことについて、備忘録としてのメモを残しておこうと思う。

    武漢ウイルスのパンデミック状態で、いま世界はとんでもない状態に陥っている。こんな事態で一番最初に考えておかなければいけないことが、なによりも経済的なことだ。なんてね、以前はまったくそんな頭はなかったんだけど、これからの日々を考えていく上でもとても大切なことだと思うので、稚拙かもしれないけどまとめてみよう。

    といってもほぼすべてはいわゆる有識者といえばいいのか、ずはり個人名を挙げてしまえば上念司氏と高橋洋一氏の受け売りになる。ふたりの詳細についてはいずれ書くことになるだろう。いまは日本が為すべき対策をメモしておくね。

    まずは 30 兆円規模の財政出動。ようするに日本円を市場に供給する必要があるということだ。これはアメリカがなんと 220 兆円規模の経済対策を打ち出したことに関係している。ドルが市場に大量に流れても、円が市場の流通量が変わらなければ、結果としては円高・ドル安になってしまう。円高はそのままデフレへとつながってしまうので、これは避ける必要がある。そのために円の流通量も増やしてやる必要があるんだそうだ。為替相場は通貨の流通量の相対値で決まるからね。

    で、これを前提にして、まずは救済手段として現金のばらまきが必要になる。アメリカだと四人家族で 35 万ドルの支給があるらしい。同じ額が必要だとはいわないが同程度の現金支給は必要なはずだ。
    それから消費税減税だね。去年の増税でじつは GDP がかなり落ち込んでいて、そこに今回のウイルスショックが来ているわけだから、最低でも 5% に戻す必要はあるだろう。

    それ以外にいろいろな融資制度など、もろもろの政策が必要になるんだろうけど、それはまぁ専門の人が考えればいいことかな。
    とりあえずぼく個人としては、現金支給と減税がなによりも根本的な解決策だと思える。
    現金支給については、昨日の総理の会見で言及があったけど、減税については踏み込んだ発言はなかった。というよりは否定的な見方だった。でも、これは上念氏によると財務省のアドバルーンなのだそうだ。
    いままで商品券云々のニュースが流れていたけど、それもアドバルーンで、みんながそのニュースをどう受けとめるのかを探っていたらしい。もちろん大反対の大合唱だったわけで、それが昨日の現金支給の発言につながったようだ。ということはさらに声を上げれば、減税についても俎上に載せられる可能性は高い。もっともぼくが blog で書いたからって、それが大合唱の一部になるなんて思ってはいないけれど、そういう認識をひとりひとりが持つ、あるいは今回の事態に対してどういう解決方法がいいのかきちんと考えるということはとても大切なことだと思う。

    いままでのぼくは、いろいろな時代の波、たとえば東日本大震災だったりで、日常がじつは大きく変わっていくことを、解っていながらどこかで無視していたところがあった。
    それが個人的にはいまの事態に、あっ、これはぼくの人生における事態なんだけど、それをそのまま招いてしまったことを実感している。
    今回のこの騒動は、いままでに内容な変化をぼくたちの日々に与えるはずだ。
    だからこそ、しっかりと眼を見開いて、なにが起こっていて、そしてどうしたらいいのか、自分なりに考えることが大切だと思っている。
    だからこれからも拙い考えだったり、ほかの人の受け取りだったりするかもしれないけれど、そのときのぼくの意見としてメモを残しておこうと思う。

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