ようやくだけど「いま」をきちんと味わうということの意味がわかったかも


    昨日は、ここには「いま」だけがあるなんてちょっと偉そうなことをいったけど、もしかしたらまったくその真意を解っていなかったかもしれない。
    いままでぼくがやってきた「いま」を実感するって、ただ煩わしいことを「いま」考えないだけで、まったく「いま」を味わっていなかったかもしれないと思い至ったのだ。過去にしでかした失敗なんかを思い煩って余計なことを考えたり、あるいはこれから起こるかもしれない厄災にただ戦いたりといった、余計なことを考えないことはあたりまえだけど、それは「いま」を実感していることではないんだよね。
    それを今日、Facebook の武田双雲さんのポストを読んで、気づかされた。

    いまぼくは病院の五階にあるデイルームというところにいる。窓からは陽射しがたっぷりと差し込んでいてとても暖かい。MacBook Air の横にはさっき病院内のコンビニで買ってきたカフェラテがあって、ぼくはいまヘッドフォンで Jeff Lynne’s ELO の Alone in the Universe を聴いている。
「いま」を実感するってのは、この陽射しの暖かさそのものを感じることなのだ。その温もりをしあわせに感じる。カフェラテをひと口飲んだら、その味わいを楽しむ。Jeff Lynne ここちいいフレーズが耳に飛び込んできたらその楽曲に酔いしれる。そういうことなんだ。
    それこそが「いま」なのだ。過去とか未来とかを考えないということではなくて、「いま」そのものをきちんと受け取るということなのだ。

    頭では解っていたはずなんだけど、これを日常のレベルで実感しているのかと問われると、やっぱり素直に頷くことができないのがいままでのぼくだったのだ。
    あれこれ考えすぎるんだよね。
    それはなぜなのかというと、やっぱり知らず知らず自分を「見張って」いたからなのかもしれない。

    人からどう見られているのかを、どうしても気にしてしまうからなんだろう。このインプリンティングって、すごい強烈なものだよなぁ。
    素の自分でいることを自分に許可するってことがどれだけ難しいことなのか、ということなのかもしれない。

    こうやって文章を書いていて思うんだが、この自分の「いま」に没入できる時間というは、やはりとても貴重で、それでいてとても素晴らしいものだということだ。
    これからこの感覚をもっともっと大切にしたいし、いつでもじっくりと「いま」を味わえる自分になれるように意識して生きていこう。

    もしかするとこれが今回の入院でもらった一番のプレゼントなのかもしれない。
    あっ、そうか。「ラッキー」。これでいいんだよね。

コメントを残す