ほんとうのパンジージャンプって、もしかしたらこういうことなのかもしれない


    ぼくがよくこの blog で書いている「バンジージャンプ」という言葉だけど、もしかしたら勘違いをしていたのかもしれない。
    それまでにやっていたメインの仕事を去年の九月にきっぱりと辞めてしまったんだが、そのことを「バンジージャンプ」だと書いてきたし、ぼく自身そう考えていた。
    けれども、それに比べればどうってことのないことを昨日、実行したわけだけど、もしかしたらこれがじつはほんとうのバンジージャンプなんじゃないかと実感させられたからだ。

    どういうことなのかは昨日の blog を読んで推察してもらいたいのだが、とある仕事をひとつ断ることになった。実際に最終的に予想されていた結果通りになったわけだ。
    でもね、そうなってしまってから、じんわりとぼくの中に恐怖心が芽生えてきてしまったのだ。
    ほんとうにそれでいいのか ? それでこれからやっていけるのか ?

    そもそも、その仕事がぼくのいったいどんな支えになっていたのかを考えれば、はっきりいってマイナスでしかなかったのだ。なのに後生大事にそういった類のものを、いままで抱えて生きてきた。それが、ぼくのやり方だったのだ。
    だからこんな危機に襲われてもすぐに対処できなかったんじゃないか。いや、そもそもそのやり方が、いまの危機を招いてきたんじゃないのか。
    いろいろな思いが、ぼくの中で交錯しているのが、いまだ。

    ここでふっと頭に浮かんだのがぢんさん、心屋仁之助氏がよくいっている「真逆をやろう、怖いことをやろう」という言葉だった。
    いままでの価値観でいまの状態になっているのであれば、それこそいままでの価値観とは違うことをやるのが、ほんとうの意味での「バンジージャンプ」じゃないか、ということだ。
    だったら、世間的にはどう考えてもそれはちょっと止めた方がいいんじゃないかと思われる「メインの仕事を辞める」ということは、いままでのぼくの生き方ではよくやってきたことだった。だから、それはぼくにとっては「バンジージャンプ」というほどの怖さがなかったのだ。
    でも、そういういい方をしてければもっとささやかなことを、きっぱりと断ち切ることの方がぼく的には精神的に怖かった。だから、昨日、断ち切ってしまったことがじつはぼくにとっては「バンジージャンプ」だったのかもしれない。

    それがどういう結果を招くのかはわからない。
    ただ、解っていることは、そのすべてが「正解」だということだ。それはどんな結果になろうと。
    ということで、いまになってもやっぱりちょっとした後悔を抱いている。昨日のささやかな「バンジー」に対して。それはぼくが恐怖心にも似たなにかをこころの底に芽生えさせたからだ。しばらくはこのこころの底に芽生えたものがどうなるのか、それをそのまま見守っていくことになるんだろう。

「バンジー」ということでいうと、もうひとつこれは嬉しいジャンプだけど、来月の 29 日に、友だちの立花君とコラボしてセミナーを開催することになった。
    書くことが嫌いだったのに、いつの間にか好きになり、コピーライターという仕事をしてきたぼくは仕事を通じて「書く」ということに正面から取り組んできたわけだけど、ほとんど天然の状態で書いてきた。
    それでも振り返ってみると、やはりぼくなりの文章を書くための方法論というのがあるわけだ。それを因数分解して、だれにでもわかるようにまとめあげたセミナーをやろうと思っている。その内容は、いままでの文章術とはもしかしたら真逆のやり方かもしれないけれど、とても実用的なものだ。
    なにを書いたらいいのかわからないとか、どう書いたらわからないということをよく聞くけれど、それはいままでによくいわれてきたように、起承転結をとか、テーマを認識しましょうといった方法では解決できない。
    書きたいと思ったことが、そのまま自然に書けるようになるための講座が今回のセミナーだ。
    その内容はとても濃い。そしてとても実践的で、すぐに役に立つ。
    ということで、このぼくのパンジーを応援してくれるととても嬉しい。

講座の案内と申込みはこのページから。
まずはその内容を確認してみてね。


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