辿り着いたら逗子 ここがぼくの終の棲家なんだろうか 流転の記録 その 4


    なんだってこんなことを書いているのか、じつは自分でも理解できないところがある。
    自分を晒すということであれば、なるほどそういう内容ではある。でも、晒すということでいえばどこまで晒せばいいんだろうか ?
    そんな疑問がふっと頭をよぎることも事実だ。
    前回の「流転の記録 その 3」では逗子に引っ越すところまで書いたはずだ。

    じつは伝手を辿ってとある会社で仕事をする前は、とても酷い状態だった。
    まぁ、そのときは地獄の底を歩いている気分だったから、それも致し方ないかもしれない。ほぼ毎晩、酒浸りでそれはそれは酷い状態だった。家計もいったん破綻して、いろいろな人にこれは助けてもらった。
    そんな状態だったから、当事者のぼくとしてはともかく自分自身を呪って生きているような塩梅だった。いっそ死んじゃえば楽だろうと、毎晩酔っぱらいながら、死に方を考えていた。

    そんな時期を過ごしながら、とある会社で仕事をしはじめたので、この頃のぼくはただひたすらストイックに生きることを考えていた。
    ありとあらゆる欲を捨てて、ともかく我慢する。そんな生活を自分に強いていた。もちろん、そんな無理は長続きしないんだよねぇ。ただ、この頃に心の奥底に「ストイックな生き方」という種がこっそりと根付いてしまっていたのだ。自分を罰したいという欲求とセットになって。

    それがいまならよく解る。
    これがどういう結果を招くのか。いや、招いたのかだね、それが後のぼくの人生を観ていくと理解できる。いや、まことに恐ろしいことなのだ、この無意識に根付いた種というのは。

    その会社で社長になり、ともかくひと息ついたはずだった。さぁ、これからいろいろとやりたいことをやるぞという矢先に馘になってしまった。日本でも iPhone が発売されて、アプリの開発なんてとてもおもしろいことができそうな時期にだ。
    さて、自分自身で会社を起ち上げて、そこそこのスタートを切ったんだが、前にも書いたけど、それがぼくがほんとうに望んでいることではなかったからなのか、いろいろと破綻を来しはじめていた。
    そんな矢先に、心機一転、ぼくは逗子へと引っ越しをした。

    ちょうど iPhone 用のアプリの開発をはじめたところだった。そのアプリが形になりはじめて、いよいよ公開するための準備をはじめているところだった。
    ぼくは逗子の海を見ながら、このアプリのデバックをしたり、関係者と電話で打ち合わせをしたり、いろいろと動いていた。
    でも、それはいまから考えたら、ただ単に足掻いていただけだったのだ。
    ほら、ぼくの心の奥底に根付いてしまった意識がぼくをある生活へと誘うためのほんの序曲に過ぎなかったのだ。

    ということで、ここからまたまた地獄が続くんだが、それはまた次回。

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