きっとこれが最後だと祈ろう 今年の独りぼっちのおせち


    正月を正月らしく過ごすひとつにおせちがある。
    といってもぼくの場合はいわゆるお重に入ったおせちとは無縁だ。というのも、だいたい独りでは食べきれない。それに食べたいというものが詰まっていない。
    じゃ自分で用意すればいいじゃないかと用意をしはじめたのが、たぶん 2015 年のことだと思う。このときは妙に張り切って、あれこれ欲張って用意しすぎて、食べるのに一苦労した記憶がある。ただ、写真もなにも残っていないのであくまでも「ぼくの記憶が確かなら」ということなんだけどね。

    翌年の 2016 年のおせちは、おせちというのも憚られるような塩梅で、海苔巻きのセットと焼豚やサラダといった体たらく。これで一念発起というわけじゃないんだろうけど、2017 年はきちんとおせちということを意識して用意している。といっても煮物なんかの出来合いを買ってきててきとうに並べただけなんだけどね。写真が残っていたんだけど、まぁ、これをおせちと称していいのかどうか、意見が分かれるところではあるな。

    2018 年は皿にちゃんと盛って写真に撮り、blog にも書いている。このところのこれが基本パターンなっているかな。2019 年はちょっと正月らしさを加えて、すこしだけ気合いを入れて豪華な感じになっている。

    さて、今年のおせちなんだが、いままでと違う点は皿に盛ったものはすべて綺麗に平らげている点だ。いままではサラダを残したり、煮物もまた明日ね、みたいな感じにしていたんだが、なぜか今年はテーブルに並べたものはすべて平らげてしまった。いや、それでいいんだけどね。
    ただ、巻き寿司をすこしと思っていたのに、去年同様やっぱり売っていなくて鮨のパックを買ったら、さすがにそれは食べきれなくて夜に回してしまったけど。
    ということで見てもらうと判ると思うけど、酒のつまみがメインになっている。まぁ、そういうことだ。これに雑煮で締めれば、ぼくの正月の朝ということになる。

    雑煮はやはり京都生まれなので、白味噌仕立てのものになる。おすましの雑煮は、ぼくにとっては雑煮とは呼べない。
    白味噌に八つ頭や大根、人参と結構な具が入って、そこに丸餅が入っているのが京風だ。といってそんな雑煮をこのぼくが作れるはずもない。だいたい具の多い味噌汁は嫌いなので、結婚してからは極力、具を少なめにしたものを作ってもらっていた。
    で、独りもののぼくが味噌を溶いて、だしを入れて、大根やら人参を煮るなんてことをするはずがないので、いまのぼくが作る雑煮は至極簡単でシンプルなものだ。
    インスタント味噌汁に餅をぶち込んで、餅の形がなくなるまで煮るだけ。仕上げに鰹節をどっさりと乗せてれば完成だ。

    おちせはいろいろと変遷してきたけど、独りになってからぼくが食べる雑煮はこのパターン。まぁ、これを雑煮と呼べるのかどうか、かなり怪しいかもしれないけど、いいのだ。おすましではなくて、味噌汁に餅が入っていれば。

    でも、こんな正月の朝は今年で最後。いや、最後にしたい、だね。
    マジで、これが最後だと祈ろう。


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