辿り着いたら逗子 ここがぼくの終の棲家なんだろうか 流転の記録その 3


    はじめて逗子に足を踏み入れた日のことは、前回「流転の記録 その 2」に書いた
    この頃、ぼくは雇われ社長をやっていて、その会社を建て直している最中でもあった。じつはこの会社に雇われる直前、ぼくは人生で最大の危機に見舞われていた。なんてね、そのときは人生で最大の危機だと思っていたけど、ほんとうの危機はもっと後にやってきた。
    いや、それをいってしまうとなんだな、いまだって安穏としているわけではなくて、人生、山あり谷あり、なんていうけど、ぼくの場合は谷続きというか、地獄の淵をただ彷徨ってきたといえばいいのか。

    このときの危機は、簡単にいってしまうと仕事仲間に裏切られて、気がついたら多額の借金を背負い、しかもメインのクライアントを失い、仕事もなにもあったもんじゃないという状況に追い込まれてしまったことだ。
    このときの話をしちゃうとね、もうバカみたいな話なんだが、ぼくを裏切ったやつにしてみれば死活問題だったんだろうなぁ。でもこいつのおかけでぼくが死活問題に陥ってしまった。

    それから伝手を辿って、とある会社で仕事をすることになり、企画の責任者としてその会社で働き出したわけだが、しばらく仕事をしていくうちに、親会社の担当の人から社長をやってもらいたいといわれて、社長に就任。この頃は、その会社をどうやって建て直すかあれこれ奮闘していた時期でもあった。
    この年の後半からようやく会社はまともになり、って、それまでどれだけ酷かったか、まぁ絶句してしまうような状況だったんだけど、社員も頑張ってくれるようになった。

    でもさっきも書いたけど、ぼくの人生はやはり谷続きだったようで、翌年、単月黒字にまで会社をどうにか建て直したところでお役御免と相成った。まぁ、じつにあっけなく馘になってしまったわけだ。やれやれ。
    ただそれまでのぼくの仕事ぶりを評価してくれる人もいて、その人の手助けもあって会社を設立。仕事を継続することになった。

    振り返ってみると、このときがひとつの転機だったんだよね。でも、ぼくはそれに気がつかず、いままでの仕事をなんとか継続して頑張っていくつもりだった。
    でも、流れが悪いときというのは、なにをやっても、どう足掻いても上手くいかないようになっている。
    というか、このときにぼく自身、ほんとうは気がついてもよかったはずなのだ。
    ほんとうにこの仕事を継続していきたいのかって。

    ぼくがほんとうにやりたいことは、社員を雇って、働かせて、それで食べていくこと、ではなかったのだ。
    そう、ぼくはなにかを創りたかったのだ。ぼく自身の手でなにかを創る。なにかを産み出す。
    それがぼくの望みだったのだ。

    なんてことを頭の片隅で思いながら、でもどうしていいのか解らず、会社は継続しなきゃいけないし、社員もいるし、ということで、やっと抜け出したはずの地獄の淵をやっぱりぼくはしばらく歩いていくことになる。
    そんな最中の 2010 年に逗子へ引っ越した。

    もしかしたらこれが転機になるんじゃないかという微かな望みを抱いて。
    でも、世の中はそんなに甘くなかった。
    いや、違うな。ぼくはきっともっともっと地獄にいたかったのだ。
    だからそれからさらに酷いことになる。

    ということで、流転の記録はさらに続く。もちろん地獄の淵をぼくはそれからもさらに歩き続けることになる。


One Reply to “辿り着いたら逗子 ここがぼくの終の棲家なんだろうか 流転の記録その 3”

  1. […] で晒せばいいんだろうか ?     そんな疑問がふっと頭をよぎることも事実だ。     前回の「流転の記録 その 3」では逗子に引っ越すところまで書いたはずだ。 […]

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