逆説の世界史3 ギリシア神話と多神教文明の衝突 読書メモ


    今年の 35 冊目。井沢 元彦著「逆説の世界史3 ギリシア神話と多神教文明の衝突」読了。
    歴史をどういう視点で見るのか、ということがじつは歴史を理解する上でとても大切なポイントなんだと解ったのが、じつは佐藤 賢一 著「学校では教えてくれない世界史の授業」を読んだからだった。
    それまでぼくが習ってきた世界史は人類の歩みを年代ごとに区切って、なにがあったのかということをただ並べて教えられるのというものだった。ところがこの本では三つの潮流で歴史を追っていて、なるほどそういう捉え方があるのかというカルチャーショックにも似たものを与えてくれた。こういう刺激というのはまことに心地いいものなんだよねぇ。
    知的な好奇心を満たしてくれる。

    井沢元彦氏の著作は、「逆説の日本史」を頭から読んでいて、ぼくはファンのひとりなのだが、その彼の世界史もまた独特の視点で世界史を読み解いていこうという一冊になっている。今回で三冊目。
    時代的にはこれが三冊目なのになぜかインダス文明とギリシア文明だ。インダス文明なんて教科書だときっと一番最初の頃の一ページで終わっていたような気がする。
    けれどこの本を読んではじめて知ったんだが、このインダス文明が興った地域というのがインドとパキスタンのあたりで政治的にもとても微妙なところで、どうやら発掘がきちんとできていないあたりでもあるらしい。ということからはじまっているんだが、この本のテーマはともかく「多神教」だ。この視点でインダス文明からの流れ、日本にまで言及されていて、それは鎌倉の禅宗にまで至るわけだけど、これが最初の二章で語られてる。

    世界をどうやってざっくりと別けるのかという考え方でいくと「一神教」と「多神教」という分け方ができる。
    といっても現在、「多神教」が生き残っているのは、わずかに日本とインドだけ。ではそれはなぜなのかということになる。
    そういう視点で流れを見ていくとシルクロードの終点と彼は呼んでいるんだが、日本で仏教が独特のものとして発展していった特異な部分がよく理解できるだろう。やはり日本人の心の底には神道という多神教があるからだ。だから独自の文化を築いている。

    後半はギリシア文明だ。これも「多神教」だ。ギリシアから、マケドニアのアレクサンドロス大王によるヘレニズム文化の勃興とローマ帝国が興るまでが次の章になっている。もちろんローマ帝国も最初は「多神教」を奉じる国だった。
    そういういい方をしてよければ宗教のスタートは多神教なんだよね。それがキリスト教とイスラム教という強烈な一神教に飲み込まれていきながら歴史は流れてきている。
    それはともかくこの時代に哲学の楚が築かれ、また幾何学が創始されていることに驚きを隠せない。
「人類の叡智」なんて言葉でいってしまうとあまりにも簡単に聞こえてしまうけれど、しかし、この世界をどうやって精緻に読み解いていくのかというとても強い意志をぼくは感じる。これがキリスト教という一神教によってどうやって抑圧されてきたのかということも、この後の歴史でよくわかることなのかもしれない。

「一神教」と「多神教」。なるほどそういう視点で歴史を眺めてみるのも大切なことかもしれない。なによりも、それはいま現在の世界を読み解くのひとつの視点でもあるからだ。
ということで、人間ってなんなのだろうといった観点から興味がある人にはぜひ手を取ってもらいたい一冊だ。
    歴史って学校の教科書に載っている見方だけでは理解できないんだよ、ということがよく解るはずだ。





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