あれから 20 年 おめでとう横浜 FC 決めたぜ J1 昇格


    あれから 20 年。
    横浜 FC が誕生したのは 1998 年の 12 月 25 日。チームを吸収合併するという暴挙に出たことに反発して横浜フリューゲルスのサポーターたちが運営会社を立ち上げたのだ。
    いや〜、この暴挙についてはいまでもぼくは許せない。あのチームはもちろん大嫌いだし、それからメインスポンサーの会社の車はどんなことがあっても乗らないし、買わないと決めている。
    これは歳をとってそれなりに温厚になったぼくにしては、とてもめずらしいことだ。この世の中でともかくその存在自体を認めることができないチームと会社があるなんてね。いくら昔のことだといっても、一生許す気はない。

    さて、そんな暴挙に見舞われたわけで、ぼくは一も二もなく応援することにした。これを応援しなきゃ、サッカーファンの名折れだろうとも思ったからだ。
    翌年、チームが起ち上げられた。初代監督はリトバルスキー。いや〜、この決定には歓喜しました。
    とはいえ、いきなり J リーグに加盟できるわけではなく、その下部組織の JFL からのスタートとなった。
    この年はあたりまえだけど、突然チームができたわけだから試合会場も神奈川県内のあちこちをうろうろ。さながらジプシー球団のようなありさま。それでもぼくはそのホームゲームのほとんどを観戦した。
    その翌年、ちょうど開幕戦のスタンドの写真があったので掲載しておくけど、この年は基本的に三ツ沢がホームグラウンドになった。この試合会場って客席とピッチがとても近くて、サッカー観戦するには最高の会場なんだよねぇ。いまでも大好きだ。
    横国とかトラックがあるでしょ。あれはサッカー観戦には邪魔なんだよね。

    この年、JFL 二連覇を飾り、翌年念願の J リーグ入りをする。もちろんスタートは J2 。それでもいままでとはやはり心持ちが違う。
    この年もぼくはホームゲームをほとんど観戦している。前にもちょっと書いたけど、Web のニュースサイトに記事を書いていたこともあって記者席からの観戦だった。試合中はメモを取り、監督会見に出て、その翌日には原稿を仕上げていたっけ。

    なんてことがありながら子どものサッカーチームのコーチをやることになって、気がついてみたらぼくは三ツ沢からその足が遠のいてしまっていた。
    J1 に昇格したのは2006 年。途中から監督になった高木琢也ががっちりと守って守って、ともかく負けないチームを作って、この年 J2 を制覇したのだ。
    翌年の 2007 年は J1。開幕戦は TV 観戦したっけ。相手は浦和レッズ。健闘したけれど負けた。
    次の相手は因縁ある同じ横浜のチーム。悪いけど、チーム名も書きたくない。この試合になんと 1-0 で勝利。ああ、いまでも得点シーンが甦る。大いに溜飲を下げたものだ。

    でもね、チーム力はやっぱり J1 のそれではなかった。この年、J2 へそのまま降格。
    それから横浜 FC は J2 の常連チームとして年を重ねることになる。
    ぼくはほとんど観戦することなく、なんとなくニュースで確認する程度。そういう意味ではとても不真面目なファンだった。

    そんなチームが浮上したのは、なんてね長年見てきたような書き方しちゃうけど、ぼくがやるじゃんと思ったのは 2017 年のシーズン。
    J1 昇格のプレーオフまであと一歩と迫った年だった。そしてその翌年、プレーオフには進出したけど敢えなく敗退。いや〜、このときとても落胆したことを覚えている。だったら応援にいけって。はい、その通りですね。

    そして今年だ。
    今シーズンの立ち上がりはあまり調子はよくなかった。がらりと変わったのは監督が交代してからだろうか。いまの下平隆宏監督に代わってから好調を維持。なによりもチーム内競争が激しくなってからだ。
    気がついたら J1 自動昇格枠の争いに加わり、そして昨日の最終戦で勝利して、見事に J1 の座を獲得した。

    まさかこの歳になって横浜 FC の J1 復帰のニュースを耳にすることになるとは思ってもいなかった。
    チームができてから 20 年。その年月が長かったのか、それとも短かったのか。
    それはこれからこのチームがどういう歴史を刻んでいくのかで決まるんだと思う。

    よし、来シーズンは、いくぞ三ツ沢 !!

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