Bohemian Blues 10

14_03_06
 ここに来て半年が過ぎた。
 この半年が長いものなのか、それとも短かったのか。ぼく自身にとっては、やはりそれなりの長さを感じる期間ではある。
 秋がそろそろ終わるのかと思ったら、あっという間に雪が降って真冬になってしまった。雪に閉ざされてからもうずいぶん時間が経つように感じられる。それでもあとひと月はこの雪は去らないようだ。下手をするとゴールデンウィーク前まで雪は残るらしい。
 まさに雪の国だ。

 そろそろ次のアクションを起こしたいと思っているところだが、まだその報せはどこからも来ない。
 どこからどんな報せが来るのか、実はぼく自身よく解っていないのだが、それでも季節が変わる頃にはきっとなんらかの兆しがあるはずだと思っている。
 だからこそぼくはここに来たといってもいい。

 先月の大雪でぼくは立ち往生するあずさに閉じ込められてしまった。
 まさに青天の霹靂というやつで、人生においてこういう形でなんらかの災害と自分自身が関わることになろうとは想像もしていなかったので、いまだに雪害難民的な日々を過ごしたことを信じられない思いでいる。
 車中で一泊。幸いなことに足止めをくらった駅が温泉街の駅だったこともあり、近くのホテルの大広間で三泊した。
 情報も少なく、また雪の被害も大きかったことから、いつ日常に戻ることができるのかまったく判らない日が続いた。けれど、このとき大広間にいた多くの人たちとぼくとは決定的に違うところがあることに気がついた。いや、気がつかされたといった方がいいだろうか。

 高速道路が開通して代替バスの運行を知らされたときだった。
 大広間は歓声で湧いた。
 それぞれの人たちの表情は「帰れる」という思いに溢れていた。自分の居場所へと帰ることができる安堵感に満ちていた。
 そんな中で、きっとぼくだけが「帰る」という感覚を抱くことができない存在だった。
 ぼくがいく予定だった場所、雪に閉ざされたそこは「帰る」ところではなく、「とりあえず戻る」ところでしかなかった。
 ぼくは「Wanderer」なんだということを、このときはっきりと思い知らされた。
 もちろんそれがいけないことではない。むしろ望んだことだといってもいい。
 「Wanderer」。いまのぼくに帰るところはない。きっとこれから先も、もしかしたら帰るところは作らない、あるいは作ることができないかもしれない。

 けれど「行く先」はいつでも作れるはずだ。
 だからぼくは雪に閉ざされた国に「戻り」、そして行く先をきちんその手にするために日々を過ごしている。その報せを待つためにね。
 その報せが届いたときが、きっとぼくにとっての春になるんだろうと思いながら。

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