歩け歩け もしかして一万歩って歩きすぎなの ? それでも海まで


    ほぼ毎日、海まで散歩している。
    まぁ、どこから見ても正真正銘の海バカといっていいだろう。
    いまは基本的に午後、それも夕方に近い時間に出歩くようになっているので、なにか用事がない限り海まで散歩している。

    引っ越す前は東逗子に住んでいたので海まで歩くと 40 分ぐらいはかかっただろうか。さすがに毎日散歩するにはちょっと遠すぎるかな。だから、以前は海へいくときは逗子まで電車でいってからということになっていた。
    いまは逗子の桜山というところに住んでいる。真ん前が海というわけではなくて、ちょっと距離はあるけど、それでも毎日、海まで歩くことが苦になる距離ではない。のんびりと歩いて 25 分ほどだろうか。まぁ、ぼくにしてみれば適当な距離といえるかな。ちょっと強がりが入ってるかもしれないけど。はい。

    これは前にも書いたけど、最初に通っていた小学校が子どもの足で 45 分ほどのところにあって、当たり前だけど毎日通っていたので、歩くことは苦ではない。京都の大学を受験したときは、金閣寺のあるあたりから四条河原町まで入試の帰りに歩いたこともある。まぁ、これはちょっと自分でも呆れたけどね。

    てくてくと海まで歩くわけだけど、その間なにをしているのかというと、毎日同じ道を歩くわけではないんだけど、だいたいいつも見た景色の中を歩くわけで、いろいろと観察して気になった情景を写真に撮るなんてことができればいいんだろうけど、見飽きたところを歩くことになるので、あまりそういうことにはならない。たまにはちょっとした発見がないわけじゃないけどね。
    だいたいはぼんやりと考えごとをしている。

    歩くということは、この考えごとにとても向いているようだ。ぼくが産まれた家の近くに「哲学の道」があることでも、思索には最適だということがいえるかな。
    あれこれと昔のことを思い出したり、これからのことを考えたりなんてことが多いんだが、いま書いている小説の登場人物がひょいと勝手に頭の中に現れていきなり会話をはじめたりしてくれる。これはとても楽しいことになる。
    で、気がつくと海の近くまで行き着いているなんてことがよくある。

    だからというわけじゃないんだけどね、今日は川沿いの道を歩こうかとか、まずは新逗子までいってそれから川沿いにとか、歩くコースをちょっと変えたりして海まで歩いている。

    そこにあるのは逗子の海だ。江の島が見えて、その左奥に富士山が見えればまずは完璧。いつも富士山が見えるわけじゃない。でもこの景色はやはり絶品だ。
    以前は昼間に歩くことがあって、ときには葉山まで足を延ばすこともあったけど、いまはそこまで歩くことはないかな。


    葉山まで歩くとだいたいその日は二万歩以上あるくことになる。これはさすがにね、散歩という範疇では収まらない距離だ。
    それでも海まで歩くとだいたい一万歩前後にはなるだろうか。ちょっと気になって iPhone で歩数を確認してみたら、昨日は 9,886 歩歩いていた。一週間の平均が 9,490 歩。いや、なかなかの歩数を歩いていることになる。

    ということでちょっと Web で調べてみた。ほら、一万歩歩きましょうなんてよくいわれてたからね。
    でも、どうやらそれは昔の話で一万歩は歩きすぎらしい。8,000 歩でその間の 20 分は早歩きを、なんて紹介しているページもあった。
    そうなんだ。

    もともと歩数を目的に歩いているわけじゃなくて、ぼくはただの海バカなので歩いているだけだから、まぁいいか。
    ということで、今日もてくてくと海へいくはずだ。そのためにぼくは逗子に住んでいるからね。

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