考える日本史 国としての日本の成立が想像と違っていた 読書メモ


 今年の 18 冊目。本郷 和人著「考える日本史」読了。

 本郷和人氏の本はこれで二冊目になる。著者がどういう人物なのかは、前に書いた読書メモで確認してもらいたい。
 承久の乱から鎌倉幕府滅亡までの歴史資料の編纂をしている歴史の専門家だ。
 なんだかこのところ著者の本をよく見かけるようになっていて、そういう意味では引っ張りだこの状態なのかもしれない。

 彼のどの本を読んでもきっと解ると思うんだが、大学で研究をしている日本の歴史家は、じつは専門がとても細かく別れていて、古代史を専門にしている人が、中世のことがさっぱり解っていなかったりすることが当然のようにありえる世界なのだ。
 そんな中、この本は日本が国家として成立した時期と、それから日本という国家どう考えるかということを、漢字一文字をまるで三題噺のお題のようにしてまとめた一冊だ。

「信」「血」「恨」「法」「貧」「戦」「拠」「知」「三」「異」。
 この十文字をキーとして、著者の知識をベースに「日本」について考えたことが書かれている。
 その意図は「はじめに」を読んでもらえば解るはずだが、要するに歴史は知識を得るだけの学問ではないということだ。もちろん学ぶことが多いことは確かだが、それを基にして考える楽しさを味わうこともできることがこの本を読めばよく解る。

 さて、ぼくたちは日本という国がまとまったのは大和朝廷が成立した頃、みたいな形で教えられていると思う。
 けれど国としての統治力がその時代に日本全体にあまねく及んでいたかどうかを著者はまず「銭」で考えている。
「和同開珎」という銭が作られたことは知識として知っているが、ではそれはきちんと流通していたのかという観点から、著者はその統治力に疑問を呈している。
 結論からいうと貨幣が経済の基本として日本で機能したのは鎌倉中期以降らしい。だいたい江戸時代だって幕府が支払っていた給料は「米」なのだ。だからとてもおかしなことが起こる。
 豊作は国を治める立場いえばまことに喜ばしいことだが、じつは豊作であればあるほど「米」の価値が下がってしまう。給料をもらう立場としては、同じ禄高をもらっていても、そのときの米相場で実際の実入りが変動してしまうということになってしまうのだ。

 読み進めていけば判るが、日本が国家として統一されたと断言してもいい時期は、どうやら織豊期、それも豊臣秀吉が小田原攻めをしたあと、会津まで攻めた時期からだと著者は述べている。
 統治力が日本全土に広がり、きちんと定着したのは、江戸幕府からということになりそうだ。
 なにせそれまで東北地方には「出羽」と「奥羽」のふたつの国しかなかったから、東北についてはほとんど支配力が及んでいなかったことが考えられる。逆にいえば、その「東北」から関東を伺う集団も出てきていない。

 ということで、この本を読んで、いままでぼくが学んだ日本史はいったいなんだったのかをたっぷりと思い知らされてしまった。
 いや嘘八百とはいわない。けれど事実や史実は確かに誰が見ても同じだろうけど、それをどう解釈するのか、あるいはどういう意味を読み取り、歴史の流れを組み立てるのかということが、とても大切だということをしっかりと教えられてしまった。

 高校の日本史のテストで、江戸時代なんかの資料とともに、これにはどういう意味があるのかといった問題が出てたりしたけど、もしかしたらあれはまったく別も見方ができるかもしれないのであった。
 そもそも当時の日本史の先生は教科書に書かれていることを疑うなんてなかっただろうなぁ。
 歴史は「知る」ことではなく、「考える」ことが大切な学問だったんだね。


「考える日本史 国としての日本の成立が想像と違っていた 読書メモ」への2件のフィードバック

  1. […]  前回の読書メモに続いてまた本郷和人氏の本だ。これで三冊目になる。彼の日本史の捉え方はまことにプレーンで、そして解りやすい。  いままでぼんやりとしていた武士の時代の価値観の変遷がこれではっきりと理解できた気になっている。さすが承久の乱から鎌倉幕府滅亡までの歴史資料の編纂をしている歴史の専門家だ。 […]

  2. […] 、漢字一文字をお題に歴史を考えるというものだ。前著は「考える日本史」とタイトルで出ていて、去年の四月にちょうど読了していた。     今回は「編」「食」「境」「武 […]

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