学校では教えてくれない江戸・幕末史の授業 江戸ってこんなにおもしろかったんだ 読書メモ


 今年の 4 冊目。井沢 元彦 著「学校では教えてくれない江戸・幕末史の授業」読了。
 高校の頃の話で申し訳ないが、得意科目が世界史だった。まったくといっていいほど勉強しなかったけど、世界史だけは別で、参考書を年中頭から繰り返し読み込んだからだ。そのお陰で、入試の際にも世界史に手こずった覚えは一切ない。
 逆に嫌いだったのが日本史だった。

 これは誰に教わったのかという問題というよりも日本史がなによりも細かな資料を基にテストされたりしたからだ。
 それに比べて世界史の場合は、大きな流れをきちんと理解する必要があった。だから世界史が好きだったんだと思う。

 ところが、井沢元彦氏の「逆説の日本史」というシリーズを知ってからは、日本史も大好きになってしまった。その理由は大きな流れをきちんと説明してくれた上で、細かな資料にだけ拘るのでなく、その当時の人たちがどういう思想信条で生きていたのかをきちんと考えた上で、いろいろなことを解説しているからだ。
 まぁ、なんというか、シリーズを頭から読んでいけばよく判ると思うけど、眼に鱗がいったい何枚、いや何十枚くっついていたのかと驚くほどだ。

 ということで、彼の「逆説」シリーズはもちろん書店で見つけるとすぐに買ってしまうんだが、これは江戸時代にスポットを当てた一冊になっている。
「逆説の日本史」だと、もっともっと事細かく書かれているんだが、この本では江戸時代というものがどんな時代だったのかということが、ざっと俯瞰できてしまう。
 その上で江戸時代がこんなにおもしろい時代だったのかということがよく解る。

 彼の日本史を俯瞰する上で、忘れてはいけない視点が大きくふたつある。それは「ケガレ」の思想と、それから「言霊」思想だ。
 よくも悪くも日本人はその根底にこのふたつの思想を抱えている。それは現代人も例外ではない。
 神社にいき、手を清めてお参りして、マイお茶碗とマイお箸を使うのは「ケガレ」を忌諱しているからだ。そして「縁起の悪いことをいうな」というフレーズは言霊思想の現れでもある。

 さて、ではこの江戸時代はどうだったのかというと、このベーシックな考え方はもちろん抱えたまま「朱子学」が大きく関わっていることが解る。
 戦国から江戸へと時代が大きく変わったときに、武士たちに植え付けなければいけなかったのが「忠」と「孝」だ。
 それまでの殺伐とした世界観を一気に変えていかなければ、江戸幕府の安泰ということは考えにくくなる。要するに、武士の頭から「下克上」という考えを取り去らなければいけないからだ。でなければ、いつ寝首を掻かれるのか判ったものではない。
 そのために江戸初期にはいろいろと施策がされていることが判り、また五代将軍「家綱」が名君だったのかが理解できるようになる。
 そして皮肉なことに、江戸幕府をを倒すための根本的な考え方もその「朱子学」で醸成されていったことがよく解る。
 ひと言でいえば、江戸時代とは「朱子学」で築かれ、そしてその「朱子学」で崩れ去ってしまったということだ。

 ぼくたちがテレビドラマで観たり、あるいは本で読んだりして親しんでいた「江戸時代」とはまったく違う「江戸時代」がここにある。
 それは井沢元彦だから描ける時代でもある。こういう形で日本史を勉強できていれば、ぼくはきっと日本史が大好きになっていただろうなぁ。

 まぁ、それはともかく江戸時代って、こんなにおもしろい時代だったのね、ということが手に取るように解る一冊た。
 興味があれば是非とも読んでもらいたい。
 ちなみに既刊として「学校では教えてくれない戦国史の授業 秀吉・家康天下統一の謎」があるので、さっそくそっちも読んでみるつもりだ。

  

One Reply to “学校では教えてくれない江戸・幕末史の授業 江戸ってこんなにおもしろかったんだ 読書メモ”

  1. […]  日本の江戸時代を勉強し直したからというわけではなんいだが、偶然、本屋で見つけたのでそのまま購入してしまった。 「高校の頃、得意科目が世界史だった」と前にも書いたが、そのとおりで流れをきちんと把握しながら勉強したつもりだった。  なぜ「つもり」だったと書いたかというと、今回読んだこの本の方が「世界史」という捉え方でいえば、その流れがもっと理解しやすかったからだ。高校の頃にこういう勉強の仕方をしていれば、もっともっと世界史が好きになっていただろう。  もしかしたら大学で世界史を勉強していたかもしれない。といったぐらいに、いい意味でちょっとショックを受けてしまった。それは確かだ。 […]

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